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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)502号 判決 1960年7月19日

上告人 鹿野文五郎

他一名

被上告人 鹿野静子

他二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人菅原勇の上告理由第一点について。

所論の実質は原審の適法な証拠判断の非難にすぎず、上告適法の理由と認められない。

同第二点について。

しかし、被上告人男二が上告人らの登記の欠缺を主張し得る第三者に該当することは当裁判所の判例の趣旨に照らして明らかである(昭和三三年一〇月一四日第三小法廷判決、民集一二巻三一一一頁)。そして原判決は、亡忠良名義に所有権移転登記がなされた時において忠良は本件不動産につき完全な所有権を取得し、上告人らは何らの権利をも有しなくなつたとし、被上告人静子及び英良が登記義務を承継したとしても、同人らから本件不動産を買受けた被上告人男二において所有権移転登記を得た以上、特段の事情のない限り登記義務は履行不能に帰したと判示して、上告人らの請求を排斥しているのであり、その判断は正当であるから、論旨は理由がないことに帰する。

同第三点について。

所論は原審の適法な証拠判断の非難にすぎず、上告適法の理由と認められない。

同第四点について。

しかし上告人らの減殺請求により本件不動産が全部上告人らの所有に帰したとする所論の立場に立つてみても、未登記の上告人らは被上告人静子、及び英良から本件不動産を買受け所有権移転登記を経た被上告人男二に対し、所有権取得をもつて対抗し得ないのであるから、所論は原判決の結論に影響のないものであり、採用に値しない。

同第五点、第六点について。

亡忠良に対する減殺請求後、本件不動産を買受けた被上告人男二に対し減殺請求をなし得ないとした原審の判断、並びに時効の起算点に関する原審の判断は、いづれも正当であり、その間に齟齬はないから論旨はすべて理由がない。上告代理人加藤行吉、同工藤祐正の上告理由第一点について。

所論は原判決に即せず、第一審判決の違法をいうもので、上告適法の理由と認められない。

同第二点について。

所論の理由のないことは前記菅原代理人の上告理由第二点の説示により諒解すべきである。

同第三点について。

上告人らが贈与を受けたにしてもその所有権の取得をもつて対抗できないものである以上、所論の事実を必ずしも確定する必要はないから、原判決に所論の違法あるものとは言えない。

同第四点について。

遺留分に反する譲渡行為であつてもそのため当然無効となるものではなく減殺請求に服するにすぎない。そして本件は被相続人リエの生前の二重贈与と減殺請求の事実に関するもので、単なる相続人間の相続財産の所有権取得の主張の問題ではないから、所論のような理由によつて原判決の判断を違法と解することはできない。引用判例は適切でなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、九三条一項、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

上告代理人菅原勇の上告理由

第一点 原判決はリエが昭和二四年七月二一日忠良に対し本件の不動産を贈与してこれに基き所有権移転登記が経由されたことを認定した上右に反する証拠はないと判示した。しかしながら上告人は本件不動産はこれより以前の昭和十九年八月中上告人等においてリエから贈与に依る引渡を受け爾来平穏公然に上告人等の所有物として使用収益しているものであることを主張し且つ幾多の証人例えば金森勘兵エ(一審及び二審)清水きよし、阿部松治、伊藤テツ、佐々木政治、その他の証言を援用して忠良は所有権取得の登記はあつても実質上の所有権のないことを立証しているものであるからこれらの事実のないこと及びその証言等が悉く措信出来ないことを確定して上告人の右主張事実が不存在であることを明にしなければ右忠良の受贈事実に反する証拠がないとは云はれない筋合であろう。ところが原審は上告人等が忠良の受贈以前に贈与及びその履行引渡を受けた事実の有無については全然判断することもなく又それらを証すべき証拠を排斥した理由も全然説明しておらずに漫然右に反する証拠なしと判示したことは重要な争点につき全然審理をしないか又は理由不備の違法があり破毀さるべきものと信ずる。

第二点 原判決は本件の不動産所有権はリエから順次忠良、被上告人静子、同英良を経て被上告人男二に移転したこと明白である。従つて控訴人両名が仮にその主張の如く昭和一九年八月中にリエから本件不動産の贈与をうけたにしてもこれにつき登記を経ていないことは控訴人等の自認するところであるから本件不動産につき前記認定の如く有効な取引関係に立つた忠良並びにその相続人である被上告人静子、同英良及び被控訴人男二に対し右贈与による本件不動産所有権の取得を対抗し得ないというべきであると判示した。しかしながら被上告人の前主忠良及びその相続人、静子、英良は上告人に対して第三者といい得るや疑なきを得ない。

即ち民法第一七七条の第三者とは不動産に関する物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有する者、即ち同一の不動産に関する所有権、抵当権等を正当の権限に因つて取得した者等を指称するものであつて(大審院大正四年(オ)第一三号民録二一輯一八〇六頁)取引の局外に立つ者を皆いうのではない。

ところで忠良は上告人等が昭和十九年八月リエから贈与に依る引渡を受けてその後五年間も自己の所有物として使用収益をしていることを熟知していて昭和二四年七月二一日において自らは其の生計の資本として贈与を受けることになつていた一方の土地建物をリエの病臥中リエ名義を以て被上告人男二に売渡して代金二五万円を受領しながらリエに交付したか否かも明かでなく且つ何等リエがこれを消費したと推定し得べき事実もなく又実際リエは病臥し家事一切は忠良に委せていた事実で自ら金銭を取扱い得ない状態にあつたことは証人並に上告人本人の一審における尋問の結果に見ても明白であるから若し忠良が右売得金を真実リエに交付しリエがこれを悉く消費したというならば少くともリエにおいて右売得金を処分したと推知し得る事実の立証をなす責任あるべく単にわれ関せずとしてリエが処分したか否かについては知らず又自らはその売得金の贈与をうけたことなしと一片の否認だけでは筋が通らぬことが明白である、殊に右土地建物を被上告人男二に売渡の登記を為すと同時に本件上告人等の占有土地建物を自らリエより贈与を受けたものとして自己名義に登記したものであるから形式はリエが忠良に贈与登記したことにはなつていても実質は本件の土地建物の所有権を取得していないから少くとも悪意の取得者であることは間違いない事実である。ところがその後リエの死亡に依り忠良は上告人等と共にその相続人となつたから、さきにリエが上告人等に対して負つている贈与物に対する登記義務をも承継したものであるから忠良は右リエの死亡と共に上告人等の受贈登記の欠缺を主張し得なくなつたわけである。この理は大審院大正十年(オ)第二七号民録二七輯一二九一頁及び同院大正十一年(オ)第四〇二号法律新聞二〇二九号一四頁の趣旨からも窺はれるのみならず殊に不動産登記法第五条の他人のため登記を申請する義務あるものはその登記の欠缺を主張する事を得ずとある趣旨から見るもリエの死亡後においては上告人等に対し受贈登記の欠缺を主張し得ないことは論を待たぬところであろう、然らば即ち忠良及びその相続人静子、英良をもつてこれ等より売渡を受けた被上告人男二と同列に置いて第三者であると判示し上告人は思忠及びその相続人に対しリエよりの受贈を対抗し得ないものと判示したことは民法第一七七条の第三者の解釈を誤つた違法あるものと信ずる。然らば即ち被上告人男二が所謂第三者に該当し同人が完全に所有権を取得し上告人等にその取得を対抗出来ることになつて、始めて上告人等はその権利を失う筋合であるから若し被上告人男二が真正に所有権を取得しなかつた場合は被上告人静子、英良は上告人等に対して所有権移転登記は可能であるから原判決が静子、英良は上告人等に対する贈与に基づく所有権移転登記義務を承継したにしても他に男二から買戻でもしない限り履行不能に帰しその登記義務が消滅したものと解すべきであるとして被上告人男二が真正の第三者に該当するや否やの点を審理判断しないことは審理不尽又は理由不備の違法がある。而して被上告人男二が本件土地建物の所有権取得登記の事実を見るに上告人等が右忠良及びその相続人静子、英良に対して家事調停に依り係争しその調停不成立となるや遅滞なく本件訴訟を提起したから家事調停法第二六条二項の規定に依り調停申立の時より訴訟が継続した効力を有するものであるが被上告人男二はその間において調停不成立となつた日の翌日右係争の事実を熟知しながら所有権の移転登記を受けたものであるから前記援用の大審院判例の被相続人が既に上告人等に贈与した物件をその後相続人忠良から売渡を受けたものに該当し第三者といい得ないこと明白であるから静子、英良等は男二より買戻でもしない限り履行不能だと即断したことは審理不尽という外はない。

原判決は以上の点において結局審理不尽理由不備又は判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の違背あるもので破毀を免れない。

第三点 上告人の先代リエがもと本件不動産の外別紙第二目録記載の不動産を所有していたところ右第二目録記載の不動産を昭和二四年七月二一日被上告人男二に対し代金二五万円を以て売却したこと及びリエ死亡当時リエの遺産のなかつたこと、リエの死亡当時における本件不動産の価額が金一五万円であることはいづれも当事者間に争がない、上告人等はリエにおいて前記売却代金二五万円を忠良に贈与したと主張するけれども右主張事実を認めるに足る証拠はないと判示した。しかしながら別紙第二目録の不動産は前記理由第三点に述べる如く元来忠良に贈与さるべきものであつた事、並にその実際の売渡行為、代金受領も総べて忠良が取扱いその上当時リエは老衰病臥中であつて忠良より養はれていた事実、他に自ら当時としては相当多額の金額であり且つリエ自ら消費すべき状況でなかつた事を立証しているのであるから寧ろ忠良が現物で贈与されるべきところを自ら現金に換えて受取つたと見ることが吾人の常識に合致するものである。

ところでまた忠良は右金員をリエに引渡しリエ自らこれを処分したものと推知し得ることにつき何等の主張も立証もせずただその贈与を受けたことはなく又現金はリエがどうしたか知らないと云うだけでは同人とリエの当時の生活関係に見て寧ろ暗黙に受贈の事実を認めているものといえるのである、然らば即ちこのリエと忠良との関係を目して完全対等の地位にあるものとし売得代金の贈与について証拠なしとして上告人の主張を排斥したことは立証責任の法則を誤つたか又は理由不備の違法あり破毀を免れない。

第四点 原判決は遺留分算定の基礎となる財産は本件不動産の価格金一五万円だけであるとし又上告人両名の遺留分は各金一八、七五〇円(各八分の一に相当)としリエが忠良に対してなした本件不動産の贈与は上告人等の右遺留分を侵害していること明白であると判示し又、上告人カウは昭和二五年二月一九日到達の同月一八日付内容証明郵便を以て、又上告人文五郎は同年四月一七日上告人カウ申立の財産贈与家事調停事件に利害関係人として参加し同年五月二二日の調停期日にそれぞれ贈与減殺の意志表示をしたことを認めながらその後段において本件不動産の前記贈与は上告人等の有する前記各遺留分の限度において無効に帰したというべく(一部無効の趣旨)したがつて上告人文五郎の減殺請求のあつた昭和二五年五月二二日において本件不動産は上告人両名と忠良の共有となり上告人両名は各八分の一宛忠良は八分の六の共有持分を有するに至つたと判示したことは減殺の理論を誤解した重大な法令違背の違法あるものと信ずる、そもそも我が民法は遺留分減殺の場合には受贈者、受遺者をして現物を相続人減殺者に返還させることを原則としているのだから受贈者又は受遺者に目的物の全部を返還させ相続人は遺留分を超過する部分に対する価額を返還すべきであるから(中川編註釈相続法下巻二三七頁、我妻立石親族法六三八頁及び金沢地裁明治四五年通第一九号法律新聞八一五号二三頁)決して原判決の云うが如く遺留分侵害の贈与が一部無効となり減殺者と受贈者とが共有者となることがないものである。而してこの理は減殺すべき部分が目的物の一少部分たるとその過半であるとは何等差異あるべきでないことも明白な理である、ところが原判決はこの誤つた理論の上に立つてこれより不動産取得の登記を経た被上告人男二を以て適法に所有権を取得したものとして遺留分権利者たる上告人等がその減殺を対抗し得ないと判示したことは重大な法令違反であつて破毀を免れない。

第五点 次に原判決は被上告人男二が本件不動産を買受ける当時遺留分権利者である上告人に損害を加えることを知つていたものであるから同人に対しても本訴において減殺を主張する旨の上告人等の主張を排斥する理由として被上告人男二が本件不動産を買い受けたのは上告人等の減殺請求後であるから、かかる場合においては民法第一〇四〇条但書の規定は適用なく男二に対しては減殺ができないものと判示しなお上告人等は遅くとも忠良に対し減殺の意思表示を為した時(後に減殺した文五郎は昭和二五年五月二二日)において相続開始並に減殺すべき本件不動産の贈与のあつた事実を知つたものと認むべきところ被上告人男二に本件訴状が送達されたのは昭和二七年一月三日であるから既に時効完成後に係る無効のものであるといわねばならないと判示した。

依つて先づ相続人が受贈者、受遺者に一旦減殺権を行使した以上は更にこれらのものから事情を知つてその目的物件を譲受けた者に対して何故減殺ができないものであろうか、民法第一〇四〇条但書には「遺留分権利者はこれに対しても」とあつて即ち遺留分侵害者に対しても又はその譲受人に対してもと双方に対して権利行使ができる意味の字句を使用しているから遺留分権利者は侵害者から価額の弁償を受けてもよし又はその譲受人に対して減殺請求をしてもよいわけである。これを理論的に見れば遺留分減殺権行使の効力を多数学説に従つて本条を第三者の保護取引の安全のために物権的請求権の本来的効力を抑えて第三者への追及を制限したものと見ても又反対の立場から詐害行為取消権類似の思想に基いて悪意の第三者への追及を認めたものと見ても(中川編註釈相続法下二六九頁)受贈者に対して減殺請求をしたからと云つてその後これから讓受けた者に対して減殺請求ができない理由は生じて来ない筈であつて寧ろ却つてその請求権行使ができるのが至当であろう、又若し原判決の言う如く一旦受贈者に対して減殺請求すれば其の後の讓受人に対して行使ができない法則があるならば本件被上告人男二に対する減殺が時効完成前であると後であるとは問う必要がない筈であるに拘らず原判決は本訴状が被上告人男二に送達せられたのは昭和二七年一月三日であることは記録上明かであるから上告人から被上告人に対する減殺の請求は時効完成後に係る無効のものといわねばならないと判示したことは明白な論理の矛盾である。果して然らば原判決は此の点において遺留分減殺請求権に関する法令違背の違法あるか又は理由に齟齬矛盾の違法ありこの点においても破毀さるべきである。

第六点 次に原判決は被上告人男二に対する本件訴訟に依る減殺請求権が消滅時効完成後のものになるか否かを考察して見る。

減殺権の消滅時効は遺留分権利者が相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があつたことを知つたときから一年間又は相続開始の時から十年の経過に依つて消滅すると規定してある、そして単に相続の開始したことと贈与又は遺贈のあつた事実を知るだけでなく、それが遺留分を侵害するものであることを知つた時であることを要する(大判明治三八年四月二六日民録六一一頁、同昭和一三年二月二六日民集二七五頁)而して本件の如く民法第一〇四〇条但書の悪意の讓受人に対して請求する場合はどうかと考えるに譲受人を以つて受贈者の延長と看做して其の減殺に依る目的物の返還履行の方法を規定したものと考えれば受贈者に対し消滅時効完成前に減殺権を行使し且つその権利の消滅しない間に(履行の請求が継続中)譲渡が行はれたためこれに対して減殺を更新すればその減殺は新な独立の減殺請求ではないから単独に消滅時効にかかる筋合はなく、若し又同条但書の権利が受贈者に対する権利とは別個独立の減殺請求権であるとすれば、その時効の起算点は悪意の譲渡のあつた時より進行すべきであつて決して相続の開始及びその譲渡人に贈与のあつたことを知つたときから進行すべき道理がない。

ところが原判決は本件上告人等が相続の開始及び贈与のあつた事実を知つたのは少くとも昭和二十五年五月二十二日であることを認定しているから被上告人男二が悪意の買受けをした昭和二六年一二月二一日においては既に一年七月余を経過していることになる、これでは被上告人男二に対する減殺の請求権が未だその消滅時効進行開始前既に消滅したということになり不条理もまた甚しく全く時効制度を無意味ならしめるものであつて原判決の趣旨は何を意味するか全く理解に苦しむ次第である。

結局原判決はこの点において重大な法令違背の違法あるか又は理由不備齟齬の違法あり破毀を免れない。

以上

上告代理人加藤行吉、同工藤祐正の上告理由

第一点 原判決はその理由に於て

「(前略)控訴人両名が仮りにその主張の如く昭和十九年八月中にリエから本件不動産の贈与をうけたにしても、これにつき登記を経ていないことは控訴人等の自認するところであるから、本件不動産につき有効なる取引関係に立つた忠良並びにその相続人である被控訴人静子、同英良及び被控訴人男二に対し右贈与による本件不動産所有権の取得を対抗し得ないというべきである、云々」

と判断している。而して右判断は左の点に於て、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背あるものである。即ち原判決の基礎となつた

第一審判決はその理由に於て

「(前略)リエは本件建物を原告カウに贈与するつもりでこれを建てかつ後にこれを贈与したことを肯認するに足る、云々」

と述べカウは本件建物をリエより贈与を受けその所有権を取得した旨認定しながら続いて

「しかし、右建物を、原告カウ及び文五郎の両名に贈与したとの原告等主張についてはこれを認める証拠はなく、さらに本件宅地に至つては、原告等の共有としても、はたまたそのいずれかの単独所有としても、リエがこれを原告等に贈与したとの証拠は全く存しない。そうすれば本件宅地建物を原告等において共同して贈与を受けたとしてその共有名義に移転登記を求める原告等の第一次の請求はこの点からして失当である云々」

と述べ原告カウに本件建物及び土地の所有権がない旨を認定している。斯様に原判決は原告(上告人)に本件建物の所有権が一方では存在すると述べ他方では存在しないと述べその記載は極めて矛盾して居り且つ不明確なものである。原判決の言はんとする処のものは一体何であるか全く不明であり、斯る記載は結局に於て民事訴訟法第百九十一条に違反するものであり、かかる判決を基礎にして前示の如く認定した原判決も亦明らかに法令に違反するものと云うの他ない。

第二点 原判決は、その理由(一)に於て

「右の認定事実によれば、本件不動産の所有権はリエから順次忠良、被控訴人静子、同英良を経て被控訴人男二に移転したこと明白である。したがつて控訴人両名が仮りにその主張の如く昭和十九年八月中にリエから本件不動産の贈与を受けたにしても、これについて登記を経ていないことは控訴人等の自認するところであるから、本件不動産につき前記認定の如く有効な取引関係に立つた忠良並びにその相続人である被控訴人静子、同英良、及び被控訴人男二に対し、右贈与による本件不動産所有権の取得を対抗し得ないというべきである。」

と述べ、忠良並びに被上告人静子、英良は、本件不動産取引につき有効な取引関係に立つた第三者であり、上告人等がこれらの者に対し、所有権者なる旨を主張するがためには対抗要件たる登記が必要なる旨を説示している。然し乍らここに云う第三者とは当事者即ち上告人等並びにリエ及びこれらの者の包括承継人を含まないことは判例、学説の悉く認めているところである。云う迄もなく被上告人等は本件取引の当事者でありリエの相続人であることは明らかなる処であり、従つてこれらの者に対し、上告人等が所有権を主張するが為には対抗要件を具備する必要のないものである。この点につき判例は次の如く述べている。

(前略)民法第百七十七条に所謂第三者とは当事者若くは其包括承継人にあらずして不動産物権の得喪及び変更につき登記の欠缺を主張する正当の利益を有するものを指称し……云々(大審院大正五年(オ)四五八号)

同趣旨

(大審院昭和八年(オ)第六〇号)

以上の点よりすれば、上告人等は登記なき故、被上告人等に対し、本件不動産所有権を以て対抗出来ないとした原判決は民法第百七十七条並びに前記判例に反するものであり破毀を免れないものである。

第三点 原判決は、前示の如く、単に被上告人等に所有権が移転した旨を認定した上、上告人等は登記がない以上、被上告人等には所有権を対抗出来ない旨を判断したのみであり、上告人等に本件不動産の所有権が移転したるや否やの判断は極めて不明である。

前述の如く、上告人等、被上告人等は本件取引に於ける当事者であるから、対抗要件の問題を生ずる以前に、先づ所有権の帰属につき、これを明確にせねばならないものである。云う迄もなく対抗要件とは権利を主張する為に生ずる問題であり、主張せられる権利を無視して対抗要件を考えることは本末転倒の理論と云はなければならない。この点につき本件に於ては少くとも上告人につき本件不動産の所有権を有する旨の判断を必要とするものである。この点につき原判決は理由不備並びに審理不尽の法令違背の存するものと云はなければならない。

第四点 原判決は本件不動産取引を単純な二重譲渡の問題として、その対抗問題のみを判断して上告人の請求を棄却しているが、本件は単純な二重譲渡の問題でない。即ち本件は遺留分の問題が取引に加味せられあるものであり、遺留分に反した財産の処分についての判断は何等為されて居らないものである。この点につき判例は

「(前略)然れども原判決の確定したる事実に依れば本件不動産は隠居者井上荘三郎の留保したる財産にして家督相続の目的なるものにあらず従つて上告人利作は家督相続により其単純所有権を取得したるものにあらずして被上告人等と共に荘三郎等の遺産相続人として共有権を取得したるものに過ぎざるものとす。(中略)

是に由つて之を観れば上告人常留は売買に因り上告人利作の有したる持分に相当する共有権を取得したるやも知れざるも単独所有権を取得したるにあらざれば被上告人が上告人両名に対し其所有権の移転登記を抹消すべきことを請求したるは正当なり。(後略)

(大審院大正八年十一月三日、民録一九四四頁)

と述べ、相続人間に於て、各々その所有権取得を主張する場合は対抗要件を必要としない旨を判示し、更に相続分(遺留分の場合は勿論)に反する譲渡行為はその範囲に於て無効であり、その割合に於て当然共有となるものでありその結果として単独所有権の登記が為されている場合には該登記の抹消を求めることが出来る旨を判示している。

本件に於てリエは被上告人等に対し上告人等の遺留分に反する譲渡を為し居りたる者であり、従つて又被上告人等のみが本件不動産の単独所有権を取得することはないものである。故に右判例に従い上告人等は登記なきも被上告人等に対し本件所有権移転登記の抹消を請求し得るものである。

然るに原判決は前示判例に違反したるものであり破毀を免れないものと信ずる。

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